1972年11月6日に起きた日本航空351便のハイジャック事件。
この事件の犯人はポール中岡(中岡達治)という人物です。
ポール中岡(中岡達治)は逮捕された後、懲役10年で出獄しています。
この記事ではポール中岡(中岡達治)の現在の姿や、当時の顔写真。
出獄後の生活を調査しました。
日本航空351便が単独犯によってハイジャック!
※画像はイメージです
1972年11月6日に日本航空351便が単独犯によってハイジャックされました。
犯人の男はマスクをかぶっており、キューバへの亡命を要求。
しかし、ボーイング727は短距離機だったため、羽田に引き返し乗客乗務員らが人質となりました。
犯人はその後、用意させたDC-8に移動しようとしたところで警察官に逮捕されています。
犯人の男はポール中岡(中岡達治)といい在米日本人でした。
ポール中岡(中岡達治)はその後、懲役10年の判決をくだされています。
ポール中岡(中岡達治)の現在の姿は?
ポール中岡(中岡達治)は1972年の事件当時、47歳だったということがわかっています。
ポール中岡(中岡達治)の現在の年齢は98歳~99歳ということになります。
調査をつづけましたが、ポール中岡(中岡達治)の現在の姿おろか、安否も不明の状態となっています。
ポール中岡(中岡達治)は出獄後ロスで生活か
犯行の計画性や手段、日本航空に与えた損害や影響などから懲役20年が確定されたポール中岡。
67歳で出獄したポール中岡(中岡達治)ですが、出所した後の生活はロスで送っていたものと思われます。
なぜならポール中岡は昭和23年にアメリカに渡り昭和32年には永住権を得ているからです。
さらにポール中岡はアメリカ生まれの日系二世と結婚後、3人の子供ももうけていました。
犯人は本籍は東京都文京区の駒込だが、昭和二十三年に米国に渡り、同三十二年に永住権を得、ロスアンゼルスでアメリカ生れの日系二世と結婚、三人の子どもと暮らしていた「ポール中岡」こと中岡達治と判明した。こうしてわが国三度目のハイジャック事件は、発生後八時間で解決し、ハイジャック防止法、銃刀取締法違反などの容疑で中岡は逮捕された。
用例.jp
事件の影響によっては離婚し、家族と離れてくらすことになった可能性も否めませんね。
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